<考古学研究会事務局>
〒700-0027
岡山県岡山市北区清心町16-37長井ビル201
TEL・FAX 086-255-7840
会誌『考古学研究』
目次
第64巻 第2号(通巻254号)
2017年9月
展望
- 「共謀罪」と考古学研究
- 考古学研究会常任委員会
- 【連載企画】近・現代の戦争遺跡 ④兵庫県加西市の青野原俘虜収容所と鶉野飛行場
- 加西市教育委員会
考古学研究会第63回総会研究集会報告(上)
- 火
山災害への狩猟採集社会の対応-九州地方の事例を中心として-
- 桒畑光博
要旨
本稿では,縄文時代早期に九州で起こった火山噴火事例のうち,超巨大噴火の代表格である鬼界アカホヤ噴火とよりスケールの小さいクラスに属する桜島や霧島
の噴火のケースを取り上げて,火山災害に対する狩猟採集社会の対応を考えた。結果,噴火の規模に関わらず,基本的に「避ける」か「凌ぐ」という社会対応が
とられたと推察される。火山噴火によって被災した狩猟採集民は,火砕流の直撃によって死滅した人々を除けば,食料資源の状態を含めた環境の悪化に伴い,居
住域や活動範囲を柔軟に変更して災害を凌いだと考えられる。突発的な自然環境の激変に対しては,移動性の高い社会の方がより定着的な社会よりも適応力が高
いと考えられる。
キーワード 縄文時代早期,九州,火山災害,狩猟採集社会,社会対
応
- 局
地的災害痕跡と埋蔵文化財調査-京都盆地東北部の弥生時代の土砂移動とその前後-
- 冨井 眞
要旨
現代社会における防災・減災にとって重要なデータを提供し得る,地中に残る過去の非日常的自然現象の痕跡の抽出には,埋蔵文化財の調査が大きな役割を演じ
ることを指摘した。しかし,その自然現象による被害やそれからの復興を考古学的に論じることが難しく,とくに文字資料に残されにくい土砂災害などの局地的
現象では困難を極めることも指摘した。そうした状況の中でも,災害考古学的な視座に立ち現代社会生活への貢献を目指し,文字資料に残されない土砂災害とそ
の前後の先人の活動を精査するための素材提供として,事例研究を提示した。京都盆地東北部の白川の弥生土石流の前後で,物質文化はどのように変化したか,
あるいは維持されたか,資料を集成的に検討してから災害後の対応について試論を展開した。
キーワード 局地的災害,埋蔵文化財調査,土石流,京都盆地,弥生
前期
論文
- 変
容する縄文原体とその背景-比叡山西南麓縄文遺跡群出土の後期土器を素材にして-
- 髙野紗奈江
要旨
縄文時代の近畿地方において,最も多様な縄文原体が施文された後期前葉・中葉の土器を器種別に分析し,縄文原体の多様化がどのようにして発生したのかを考
究した。比叡山西南麓縄文遺跡群出土資料を対象に,⑴器壁の厚みの変遷,⑵縄文原体の変遷,⑶器種と縄文原体の関係,⑷条数別にみた条幅と節数の相関関係
を分析した。その結果,①器種の転換と縄文の撚り方向の交替には相関性がないこと,②多条化は撚り方向に関係なく発生していること,③特定器種に対する縄
文原体の規範が存在したこと,④結節縄文はLRの縄が主体で製作されていること,⑤附加条縄文は注口土器に最も多用されていることを明らかにした。
多条化により生まれた精緻な節は当該地域の縄文集団が,他の属性の変化と同調的に縄文原体を変容させた結果と理解できる。縄文原体の漸進的な変容から,
当該地域の縄文は内在的に変容を遂げていった可能性を指摘できる。
キーワード 縄文原体,器種,条幅,節数,結節縄文
- 竪
穴式石室にみる地域性とその意義
- 上田直弥
要旨
古墳時代前半期に最上位の埋葬施設として位置づけられていた竪穴式石室については,基本的に基底部の構造が地域性検討の材料となってきた。しかし基底部構
造は,上にのせる棺の材質が木材か石材かに大きく影響を受けるため,特に石棺を内包する竪穴式石室の地域性や系譜の問題は十分に考慮されてこなかった。本
稿では石室内部空間の横断面形状を基に竪穴式石室を,棺の材質に関わらず検討することで,畿内における竪穴式石室に明確な地域性が認められること,そして
その地域性は石棺を内包する段階に至っても維持され続ける事を指摘した。また大阪府津堂城山古墳や奈良県室宮山古墳の例から,中期における最上位古墳の埋
葬施設には河内の地域的特性が反映されていると考えた。
キーワード 古墳時代,竪穴式石室,内部空間,地域性,長持形石棺
- 出
雲・伯耆西部における古墳時代後期後半の異系統円筒埴輪の融合
- 田中 大
要旨
本稿は,山陰地方の出雲・伯耆西部における古墳時代中期末葉から後期の円筒埴輪を対象に系統的な把握をおこない,生産体制のあり方から地域社会動向の一端
を明らかにするものである。検討の結果,後期後半に地域色をもつ異なる系統が融合し,新たな系統が成立する事例を把握した。これを既存の埴輪生産体制の統
合・再編と考えた。また,新たな系統は畿内の埴輪生産との関連性が想定しにくく,製作情報を含めて地域内で完結する生産体制が考えられた。その成立背景の
一つとして,分布域の各地で有力古墳が存在する点から,出雲・伯耆西部全域にわたる有力者間の広域的なネットワークの形成を想定した。
キーワード 出雲・伯耆西部,古墳時代後期後半,円筒埴輪,生産体
制,地域社会
書評
- 中久保辰夫著『日本古代国家の形成過程と対外交流』
- 土田純子
- 土田純子著『東アジアと百済土器』
- 中久保辰夫
- 高橋信武著『西南戦争の考古学的研究』
- 渡辺芳郎
新刊紹介
考古フォーカス
- 中国浙江省 良渚遺跡群
- 中村慎一・劉 斌・王 寧遠
- モンゴル中北部の鹿石
- 林 俊雄
お知らせ
全国委員つうしん