お知らせ


日本学術会議『見解 地域社会の継承・発展を支える文化財保護のあり方について』が発出されました


日本学術会議 史学委員会 文化財の保護と活用に関する分科会より、2023年9月27日付で「見解 地域社会の継承・発展を支える文化財保護のあり方について」が発出されました。要旨は下記の通りです。

詳細はこちらをご覧ください。

要 旨
1 作成の背景
 長年にわたって日本各地で育まれ、伝えられてきた文化財は、かけがえのない国民的財産であり、祖先から託されたこの文化財を受け継ぎ、保護し、将来へ伝えていくことは、それを生み出してきた地域社会の継承と発展にもつながる。
 しかし、21 世紀の現在、頻発する大規模災害、人口減少による地域社会の衰微などにより、文化財保護の行く末は不透明なものになりつつある。また、制定以来の大きな改変となった平成 30 年(2018)の文化財保護法改正は、国の「文化 GDP」押上げ政策を背景に、文化財について、観光利用を含むその活用によって社会的・経済的な価値を生む存在として位置付ける積極面を持つ一方で、保存と活用の適切かつ持続可能なバランスをいかに確保するかという新たな課題を投げかけている。さらに、近年の世界的な潮流では、文化財・文化遺産が持続可能な開発目標(SDGs)にも資する資源であるとの理解も浸透しつつある。
 このように文化財を取り巻く状況が大きく変わりつつあることを踏まえて、現下の文化財保護に関する喫緊の課題を検討し有効な改善策を提案する。
2 現状及び問題点
 早急に改善すべき3つの課題が存在する。
 第一は、文化財防災・減災に関するものである。近年続発する大規模災害の度に、文化財の滅失・毀損が進行する中で、国の防災アクション・プランをなす「防災基本計画」において、文化財防災の視点が弱いことは大きな問題である。また、市町村が策定する「文化財保存活用地域計画」においても防災関係の計画が不十分な例が見受けられる。さらに、我が国の恒常的な文化財防災体制は、令和2年(2020)の国立文化財機構文化財防災センターの設立によってようやく第一歩が刻まれたが、今後担うべき同センターの役割を考えた場合に、現状の組織体制は十分な力を発揮できる状況にあるとはいいがたい。
 第二は、改正文化財保護法の趣旨を実現する施策に関するものである。平成 30 年(2018)の文化財保護法改正の重要項目は、市町村における「文化財保存活用地域計画」の策定を法定化したことである。地域の文化財の把握と観光利用を含む活用を計画的に進めるための制度であり、文化財の保存と活用を両立させる上で大前提となるものであるが、策定・認定に至った自治体はいまだ全国の 5.5%にとどまっている。法改正のねらいを踏まえて、文化財保護と地域社会の継承・発展の好循環を生み出すためには、「文化財保存活用地域計画」の策定の加速化と内容の充実が重要課題である。
 第三は、文化財保護の将来を担う専門人材育成に関するものである。今般の法改正においては、文化財所有者や保護団体を含む「地域総がかり」の文化財保護が求められており、その要となる自治体の文化財専門職員の役割は大きい。しかし、全国三分の一の自治体には専門職員が配置されていない。さらに、専門職員の多くを輩出してきた歴史・考古・文化財関係の専門教育を行う大学において文化財専門職員を目指す専攻生が減少傾向にあることも懸念される。持続的な文化財保護のために、後継専門人材の育成が急務である。
3 見解の内容
(1) 文化財防災・減災への積極的取組の推進
① 国(内閣府防災担当)は、国民的財産である文化財の防災という視点のもとに、「防災基本計画」において、多様な文化財の災害予防、災害応急対策、災害復旧・復興事項など、文化財関係の記載を充実させることが必要である。地方自治体もまた、そうした文化財防災の視点を十分に反映させた地域防災計画を作成することが肝要である。さらに、文化財防災の視点を我が国の防災行政に確実に反映させるためには、国の中央防災会議、または中央防災会議下の防災対策実行会議の委員に、文化財行政を統括する文化庁長官及び文化財関係の学識経験者等を加えることが有効である。
② 地方自治体は、文化財保護行政において平常時から文化財防災の対策を講じておく必要がある。具体的には、自治体の文化財施策の基本となる「文化財保存活用地域計画」において自治体間及び民間文化財救援団体との間の連携を明記しておくこと、文化財防災マニュアル及びハザードマップを備えておくことなどが有効である。同時に、文化財の救援・保存を円滑に行うためには、被災文化財保管場所の計画的確保、保全・修復技術を有する関係機関との連携体制の構築を図っておくことが重要である。
③ 令和2年(2020)に設置された独立行政法人国立文化財機構文化財防災センターは、我が国の文化財防災の中核的存在として大いに期待される。ただ、「防災先進国」日本の文化財防災を担う唯一の全国機関として見た場合、現状では組織体制や業務内容に不足している面がある。日本全体の文化財防災の仕組みづくりや文化財防災分野の国際協力の推進のためにも、国立文化財機構を所管する文化庁及び文化財防災センターの上部組織である同機構には、専従スタッフの充実を含めた同センターの一段の機能強化を図ることが求められる。
(2) 改正文化財保護法下での保護施策の加速化
「文化財保存活用地域計画」を所掌する文化庁は補助金の充実を含めた策定支援の強化と庁内の関係各課の連携のもとに「地域計画」の内容が各市町村の歴史文化環境を十分に踏まえたものとなるような誘導を、都道府県は管下のできるだけ多くの市町村に「地域計画」が整備されるよう強力な指導と支援を、市町村は域内文化財の特性を活かした「地域計画」の策定とそれに基づく保存事業や観光利用を含む活用事業の積極的な展開を、それぞれ加速化させることが必要である。
(3) 文化財保護の将来を担う専門人材育成の強化
次世代の文化財保護の専門人材育成を強化するために、文化庁は人材育成と文化財保護行政を架橋する新たな制度の設計を、大学・地方自治体は双方の人材育成の場にもなる文化財保護事業の共同企画を積極的に推進すべきである。また、歴史・考古・文化財関係以外の専攻生からも専門職員人材が得られるような学際教育や職員採用方法を、大学と行政双方が検討して行くことも有効である。